ダン・ブラウンの小説『シークレット・オブ・シークレッツ』de いながら旅(2)

10 シークレット・オブ・シークレッツ
10 シークレット・オブ・シークレッツ● ダン・ブラウン

 第1部の続き、第9節からいながら旅を続けます。舞台となる十字架砦とはどんな場所なのでしょうか。ラングドンとゴーレムの接触はあるのでしょうか。フォークマンのいるニューヨークでも新たな展開があります。


第1部 キャサリン・ソロモンの原稿(承前)

9 十字架砦

 後部座席にラングドンを乗せたUZSIのセダンは、ヴルタヴァ川沿いのマサリック通りを猛スピードで南下します。作中には登場しませんが、同通りに入ってすぐ左手には、1881年にスメタナのオペラ『リブシェ』の初演でオープンした国民劇場の雄姿が現れます。

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 続いて、右手のスラヴ島の上に、1885年に建てられたネオ・ルネサンス様式のジョフィーン宮殿の黄色の建物が見えてきます。

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 2013年の旅行時にバスから見ることができましたが、前方左手には、ヴラド・ミルニッチとフランク・ゲーリーの設計により1996年に完成したダンシング・ハウスが建っています。正式名をナショナル・ネーデルランデン・ビルといい、寄り添うように建つ二つの塔は、アメリカのダンスカップル、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースに因んで「ジンジャーとフレッド」という愛称で呼ばれます。

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 ラングドンが昔から感銘を受けてきたという、プラハ独自の前衛アートの一つとして紹介されているのが、マラー・ストラナの大修道院広場にあるジョン・レノンの壁です。

Googleマップ

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 UZSIのセダンが左にハンドルを切り、木々が茂るフォリマンカ公園を上りはじめます。プラハ中心部の南側にあり、新市街の城壁に囲まれた、スポーツコートや遊び場のある公園です。

Wikimedia Commonsから切り抜き)他の画像

 フォリマンカ公園北側十字架砦(Bastion U Božích muk)は、新市街を守るため1348年にカレル4世によって建設されたゴシック様式の城壁の上に、三十年戦争後に築かれたバロック様式の堡塁の名残です。

#VisitCzechiaから引用)

 作中にも「現代的な改装」と記述されていますが、2010〜12年の再開発により、現在、砦の頂上は現代アートの屋外ギャラリーとなっています。

Googleマップ

 小説では、ヤナーチェクがラングドンを従えて、鋼鉄のフレームの付いた半透明の一枚板の強化ガラス扉のあるゲスネル研究所の正面玄関に到着します。実際の現地にあるのは〈バスティオン・プラハ・レストラン〉です。

Googleマップ

 本作の翻訳者の越前敏弥氏の旅行記によれば、原作者ダン・ブラウンが2021年ごろ取材のためレストランを訪れていたそうで、奥の壁には本作発売後に再訪したときのサインが残っています。

越前敏弥氏のX

 ヤナーチェクは、同行したパヴェル警部補に命じてガラス扉を拳銃で撃ち砕き、ラングドンと共に中に入ります。廊下の先にある部屋からプラハの街並みの輪郭、ペトシーン・タワーヴィシュフラット城などが一望できたとありますが、向こうの方にそびえて見えるのは、ヴィシェフラドにある、ネオ・ゴシック様式の聖ペテロと聖パウロ大聖堂の高さ58mの双塔で、その右側に見えているのはコテルナパークの煙突です。

Googleマップ

 ラングドンが目を留めた、ポール・エヴァンスの作品と思わせる、縦横約2m半の錆色の金属が格子状に切り分けられ、各区画に小さな彫刻が収まっている、ブルータリズム様式の巨大な芸術作品というのは、ジェームズ・A・ミッチェナー美術館の《彫刻されたスチール壁のコラージュ》ではないでしょうか。

WahooArt.comから引用)

 ヤナーチェクは、階下のラボに通じる扉を爆破するチームを呼んだ上、パヴェルを見張りに立たせて、建物を出て低い石塀が囲む砦の中庭へ向かいます。そこへ大使から電話がかかってきます。

Googleマップ

 壁際の白い長椅子に座らされたラングドンは、パヴェルの隙を見て、ポール・エヴァンス作品の裏に見つけた隠し部屋に入ります。


10 アメリカ合衆国大使館

 フォーシーズンズ・ホテルからアメリカ大使館に戻る際、タクシー運転手にマーネス橋を渡る最短ルート(因みに、単純にホテルから大使館までの経路をGoogleマップで検索すると、レギー橋を渡る経路が出てきます)を指示したマイケル・ハリスが川を渡る前に前方に見たのが、ヤン・パラフ広場の北側にあるルドルフィヌムです。1885年に開館したチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地であり、プラハの春国際音楽祭のメイン会場となっている音楽公会堂で、こけら落としを主催したオーストリア皇太子ルドルフに敬意を表して命名されました。

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 ヴルタヴァ川を渡るときに通過したのが、1916年に完成し、天文時計の暦表盤の装飾画を描いたヨゼフ・マーネスに因んで名付けられたマーネス橋です。4つのアーチが支える、全長186m、幅16mのコンクリート造の橋です。

Googleマップ

 プラハのアメリカ合衆国大使館は、マラー・ストラナのトュルジシュチェ通りにある、シェーンボルン宮殿にあります。ルドルフ・フォン・コロレド伯爵が1643〜56年に建設した建物です。ハリスは、親密な関係にある広報担当のダナ・ダニェクに、監視映像にアクセスして、ラングドンがカレル橋で目撃した女を追跡するよう頼みます。

Googleマップ

 ところが、大使との密談を終えたハリスは、ダナに追跡を中止するように話し、大使からの指示でフォーシーズンズ・ホテルに戻ります。ところが、ダナは、内心憤然として、女の追跡を続行します。


11 フォークマンの拉致

 紙での編集をスタイルにしてきたフォークマンは、キャサリンの原稿を一部プリントアウトしていましたが、安全なバックアップファイルを作るため、ロビーにそびえ立つランダムハウスが出版した作品が飾られた書棚の間を抜け、外へ出ます。

Googleマップ

 フォークマンが向かったのは、七番街にある24時間営業の〈フェデックス・オフィス・プリント&シップ・センター〉でした。シェラトン・ニューヨーク・タイムズスクエア・ホテルの1階にあるようです。Googleマップの経路検索では53丁目通り経由となっていますが、作中では52丁目通りを東へ歩いています。

Googleマップ

 アレックスがハッカーの特定作業が進まず、フォークマンとの連絡も取れずに途方に暮れているとき、フォークマンは、配送業者を装う二人組の男に襲われ、目隠しをされてバンに押し込められます。二人組が偽装のためにフォークマンに聞かせたギリシャ料理レストランは、56丁目通りにある〈スブラキ GR・ミッドタウン・ウエスト〉のことだと思われます。

Googleマップ

 ハイウェイから一般道に下りてバンを停車させると、フォークマンの前に現れた拉致犯は、フォークマンを尋問します。二人組の目的は、フォークマンが持つキャサリンの原稿を始末し、それ以外に保存されているものが残っていないかを確認することでした。尋問される過程で、フォークマンは、キャサリンがプラハ時刻の7時前にフォーシーズンズ・ビジネス・センターで原稿をプリントアウトしたことを知ります。


12 十字架砦

 ラングドンが入った隠し部屋は、キャンドル形の照明が光り、大理石の柱のある静謐な空間で、階下のラボへの専用エレベーターがあり、QWERTY配列のキーパッドで保護されていました。ラングドンは、昨夜ホテルのバーでゲスネルが話した『アラビアの敬意を古代ギリシャ人に捧ぐ。ラテンのひねりを添えて』というヒントからパスワードを解き明かし、エレベーターを開け、ラボへ下ります。

(イメージ画像をAIで作成)

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 十字架砦に到着したゴーレムは、中庭の端で石塀の向こうを眺めながら電話するヤナーチェクに背後から近づき、突き落とします。

Googleマップ

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 ラングドンは、ラボの奥の部屋でゲスネルの助手だというロシア人のサーシャ・ヴェスナに遭遇し、睡眠ポッドを思わせる緊急保存蘇生装置(EPR)の中に横たわるゲスネルの死体を発見します。サーシャは、泣きじゃくり癲癇の発作を起こしますが、ラングドンの腕の中で目覚めます。

(イメージ画像をAIで作成)

 作中にある、体外式膜型人工肺(ECMO)によって血液を過冷却した生理食塩水に置換して脳と代謝を停止させる、緊急保存蘇生法(Emergency Preservation and Resuscitation)は、実際にメリーランド大学などで実証研究が進んでいます。

SAVE-J II studyから引用)

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 何者かの侵入によって階下への扉が解錠されたことに気付いたパヴェルは、単独で階下のラボへ向かい、ラングドンを拘束します。ところが、サーシャがパヴェルの後頭部を消火器で殴打して気絶させ、ラングドンを助けます。ふたりは研究所を脱出し、右へ向かい(第9節で紹介した〈バスティオン・プラハ・レストラン〉でも右に傾斜路が続いています)、砦を離れます。

Googleマップ

 ここから砦の北側に出ることができます。

Googleマップ

 写真左端が上の出口です。ふたりが向かった擁壁の開口部というのは、擁壁がコの字形に引っ込んだ部分のことでしょうか。樹木が立ち並ぶ斜面に下りる石段が3か所に見えます。

Googleマップ

 擁壁を西側から見たこの写真には、奥の方に擁壁の上側から下りる石段が見えます。

Googleマップから切り抜き)

 擁壁を東側から見たこの写真には、中央に擁壁下から斜面に下りる階段が見えます。

Googleマップから切り抜き)

 こちらが擁壁下から斜面に下りる西側の石段です。

Googleマップ

 そして、この樹木が立ち並ぶ斜面を、雪で滑りやすい中、おぼつかない足どりで下りました。

Googleマップ

 この土手はフォリマンカ公園に続いています。


13 カレル橋の女

 ダナは、カレル橋のスパイク付きのティアラの女を自動追跡モードで追い続けます。女は、カレル橋の聖アウグスティヌス像付近で、ティアラと槍を川へ投げ捨て、白いウール帽をかぶり、黒い上着を脱いで赤いセーター姿になり、上着を像の基部に置きました。

Googleマップ

 左へ曲がった女が姿を消したという細い階段というのは、聖ルートガルディスの像とトレンティーノの聖ニコラスの像の間の南側に設けられたカンパ島へ続く階段のことでしょう。映画「ミッション:インポッシブル」で、トム・クルーズ演じるイーサン・ハントが犯人を追って走り抜けるシーンに出てきます。

Googleマップ

 次に姿を現したのは、リヒテンシュタイン宮殿の前の丸石敷きの広場でした。同宮殿は、ヴルタヴァ川のカンパ島にある、六角形をしたバロック様式の建物です。

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 カンパ博物館の屋外に展示されている、顔にバーコードを付けた三体の巨大な赤ちゃん像というのがこちらです。チェコの彫刻家ダヴィッド・チェルニーの作品です。

Googleマップ

 その後、電話を受けた女は、カンパ公園のベンチから引き返し、カレル橋を東に抜けます。

 続いて、クシジョブニツカー通りへ左折します。右側にはクレメンティヌムのファサードが続いています。左角に立っているのは、1676年にヤン・イジー・ベンドルが制作したワイン柱で、柱頭に聖ヴァーツラフ像を頂いています。

Googleマップ

 ライブ映像に映る女は、最後は歩道を左へ曲がり、小綺麗な駐車場を横切って、〈フォーシーズンズ・ホテル〉の正面玄関へ向かっています。駐車場に停まった外交官車両から姿を現したハリスがホテルの中に入るのを見たダナは、追跡した女との密会を疑い、ホテルに駆け付けます。

Googleマップ

 ダナは、フロントクラークを騙してロイヤルスイートに乗り込みますが、中にハリスはいませんでした。カレル橋の女から、ハリスは大使の指示でスイートの鍵を渡して戻ったと告げられ、出ていくように拳銃を向けられます。

フォーシーズンズ・ホテル・プラハのウエブサイトから引用)

 現地工作員のスーザン・ハウスモアは、キャサリンの原稿を捜索してどこにも隠されていなかったことをロンドンにいるフィンチに報告した上、盗聴器を回収してスイートを出ます。


14 十字架砦

 ハリスは、大使の指示でフォーシーズンズ・ホテルで女工作員にラングドンたちの部屋の鍵を渡した後、十字架砦に向かいます。写真は先程ラングドンがサーシャに連れられて通った十字架砦の北側の入口付近です。

Googleマップ

 ハリスは、ラングドンが女と逃げたと話すパヴェルと共に、ヤナーチェクがいたという崖のふちに近づきます。

Googleマップ

 塀越しに下を覗くと、眼下には、岩場で骨を砕かれ、頭から血を流したヤナーチェクの死体が横たわっていました。

Googleマップを回転)

 越前敏弥氏の旅行記で紹介されているフォリマンカ公園に面する十字架砦の西側の崖です。

Googleマップ

 崖下には、中ほどに外周通路が設置され、北側へ抜けられるようになっています。

Googleマップ

 因みに、十字架砦北側も高い崖になっており、長い螺旋階段が設置されています。

Googleマップ

 パヴェルは、喪失と悲しみ、そして抑えがたい怒りをにじませて咆哮します。伯父のヤナーチェクを殺したのはラングドンだと思い込み、復讐を誓って「青の公共アラート」を発動します。


15 サーシャのアパートメント

 ラングドンは、木深い坂をサーシャと一緒に下って砦を離れます。

Googleマップ

 フォリマンカ公園を突っ切り、フォリマンカ噴水の横を通り過ぎます。1975年に設置されたもので、3段のプールで構成され、中央の水盤には彫刻家ボフミル・ゼマネクによる少年少女のブロンズ彫刻が置かれています。

prazskekasny.netから引用)

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 ラングドンは、歩きながらキャサリンと恋愛関係に発展したこの3日間を思い返します。最初に頭に浮かんだのは、キャサリンを連れて見に行ったプラハの幼子イエス像でした。約48cmの蝋像で、作中で「バービー人形さながら」と形容されていますが、願をかけて願いが叶った信者から贈られた数百あるという衣装を暦に合わせて着替えるようです。

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 1628年にロブコヴィッツのポリクセナからカルメル会修道会に寄贈されたもので、マラー・ストラナのカルメリツカ通りにある勝利の聖母マリア教会にあります。

Wikimedia Commons

 キャサリンと一緒に食べたのが、豚の頭肉、皮、モツなどを煮込み、冷やし固めたチェコ伝統料理、豚肉の煮こごりのトラチェンカです。

Prima FRESHから引用)

 エスプレッソを飲みながら、「変化」についてキャサリンが熱く語ったという〈ラ・ボエム・カフェ〉は、プラハに複数ありますが、こちらはリーガー庭園の東のナ・シュヴィハンツェ通りにあるお店です。ラングドンは、そこでキャサリンに原稿の中身を聞こうとしますが、本を読んでほしいからと教えてもらえません。

(左からGoogleマップ①

 フォリマンカ公園の外へ出たラングドンとサーシャが乗り込んだタクシーが走ったのが、こちらのセカニノヴァ通りです。サーシャが知り合いだというマイケル・ハリスに電話すると、ハリスは、サーシャが向かっている行き先に行くと告げます。

Googleマップ

 ラングドンは、車中で、カレル橋にあの女が現れたのは、スイートルームを監視していた何者かがキャサリンの夢の話を聞いて、その光景を作り上げたのではないかと考えるのでした。

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 ラングドンとサーシャがタクシーを降りたのは、1232年に開設されたプラハ旧市街に現存する最古の市場、ハヴェル市場(ハヴェルスカ通り)でした。奥(東側)に見えている双塔は、市場の名前の由来となっている聖ハヴェル教会です。ふたりは数ブロック先にあるサーシャのアパートメントに向かいます。作中に場所が特定される記述はありません。

Googleマップ

 その後、ラングドンは、誰かがアパートメントのドアの下に差し入れた、「キャサリンを預かった」というメモを見て、呼び出されたペトシーン・タワーへ向かいます。ハヴェル市場から車で約18分です


16 フォークマンの逃走

 フォークマンは、拉致の動機となっているキャサリンの原稿について考え、ラングドンと3人で会った、マンハッタンのレストラン〈トットリア・デラルテ〉の奥の席での会話を思い出します。ランダムハウス本社近くの七番街にあり、作中にあるとおり、鼻を描いた絵画や彫刻が見られます。キャサリンは、近年の自身の科学的大発見に基づいた、人間の意識を探究する本を考えており、人間の意識が存在するには脳が不可欠だという常識を揺るがす新しいモデルだと話していました。

Googleマップ①

 拉致犯からプラハに連れていくと告げられ、フォークマンがバンで連れてこられたのは、ニュージャージーのテターボロ空港にあるプライベートジェット・ターミナルの近く、木立に囲まれた側道のような場所でした。Googleマップの印の辺りではないでしょうか。

Googleマップ

 フォークマンが目にしたのは、玄関庇の上の看板に「ジグネチャー・アヴィエーション」という文字が光る白い建物ということから3か所あるジグネチャー・アヴィエーションのうちサウス・ターミナル(上のGoogleマップの奥の建物)ではないかと思われます。

Googleマップ

 フォークマンは、拉致犯が用を足している隙を突き、緩く縛られた拘束を解いてバンから走り出し、駐車場にアイドリングしていたSUVに跳び乗って急発進し、テターボロ空港の前を通るインダストリアル通りに飛び出します。この通りに出たということから、SUVが停まっていたのは、同通り沿いにあるウエスト・ターミナルの方でしょう。

Googleマップ

 彼を泳がせるための仕組まれた逃走だとは気付かず、フォークマンは、ラングドンとキャサリンに電話してボイスメールを残します。拉致犯は、キャサリンへのボイスメールを傍受し、キャサリンが今朝プラハでプリントアウトした原稿が最後の一部だと把握します。


17 ペトシーン・タワー

 ペトシーンの丘には、作中(上巻260頁)にあるとおり、かつて生贄の祭壇があり、異教の司祭が異教の神に捧げるため若い乙女を火炙りにしたという伝承が残っています。

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 その祭壇はボレスラフ公の治世に破壊され、その跡地に建てられたのが聖ヴァヴジネツ教会です。教会は3つの塔で囲まれたオレンジ色の教会で、両側の塔の高さは24.5m、中央の塔の高さは22.7mです。

Googleマップ

 作中(上巻264頁)には、ラングドンが乗ったタクシーがペトシーン・タワー下の木々に囲まれた駐車場に到着したとありますが、実際には、タワーの袂に駐車場は見当たらず、ストラホフスカ通りから歩いて、手前に見える城壁をくぐって向かいます。カレル4世が都市要塞強化のため1360〜62年に建設した泥灰岩の城壁で、飢餓の壁と呼ばれます。

Googleマップ

 ペトシーン・タワーは、パリのエッフェル塔に触発されて、プラハ万博が開催された1891年に、建築家ヴラティスラフ・パソフスキーの設計により約4か月という短期間で建設された、八角形の基礎を持つ高さ58.70m(63.5mとする資料もありますが、2021年に再計測)の塔です。低塔ですが、標高約327mの丘に建っているため、東京スカイツリーの展望台に匹敵する高さになります。

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 低い八角形の案内所が塔を支える8本の脚の内側に収まっています。

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 展望台は、屋外デッキの付いた中層階(地上20m)とガラス張りの高層階(地上51m)の2か所あり、案内所の中央から延びたエレベーターで高層階まで行くことができます。階段でも登ることができますが、299段あり、上りと下りを分離した二重螺旋構造になっています。

Googleマップ

 案内所の内部です。ラングドンがチケットを買ったカウンターが左側で、右側に並ぶ列の先がエレベーターと階段の入口です。列の右側に階下への階段があり、展示室(上巻265頁には1階にあるように記述されている塔建設当時の歴史的写真の展示のことかもしれません)とトイレがあるようです。タワーの営業時間や入場料(エレベーター利用は追加料金が必要)はこちらを参照してください。

Googleマップ

 頑丈そうな扉の向こうがエレベーターです。上巻265頁に「せまくて不格好な形をした」と描写される内部は、4人程度しか乗れない広さで、昇降速度も遅く、閉所恐怖症のラングドンはさぞつらかったでしょう。

welovetravel.inから引用)

 エレベーター内のボタンはこんな感じです。

tripadvisor.com

 こちらが屋外デッキがある中層階の展望台です。この階はある程度広さがあるので、車椅子も可とのことです。

Googleマップ

 上巻265頁に「吹きさらしの展望台」とあるのはここかもしれませんが、ラングドンがエレベーターから降りたのはここではありません。

Googleマップ

 ラングドンが降り立った、タワーの頂上で聖ヴァヴジネツ教会がはるか下方に見える「エレベーターを囲む幅のせまい展望台」(上巻267頁)は、このガラス張りの高層階の展望台です。

Googleマップ

 エレベーターと下りの螺旋階段の降り口です。エレベーターの扉に貼ってある紙には「Výtah na druhé straně(反対側のエレベーター)とあります。

Googleマップ

 こちらが上りの螺旋階段のある反対側で、エレベーターにはこちらの扉から乗るようです。

Googleマップ

 展望台は、一部の窓は開くようですが、吹きさらしではありません。左側に見えているのが「巨石のような聖ヴィート大聖堂とそれを囲んで不規則にひろがるプラハ城の砦」です。

Googleマップ

 手前に聖ヴァヴジネツ教会とカルヴァリ礼拝堂が見えるほか、ラングドンが目でたどったプラハの代表的な風景のパノラマ、ヴィシュフラットの尖塔、火薬塔、カレル橋、先に紹介した国民劇場やティーン教会、ルドルフィヌム、マーネス橋も見えます。

Googleマップ

 頂上の展望台にキャサリンはおらず、20代のインド系のハネムーン・カップルだけでした。ラングドンは、カップルに携帯電話を借りてホテルに電話しますが、キャサリンは戻っておらず、キャサリンがEメールを送ったかもしれないと考え、自分のアカウントにログインします。すると、Gmailの受信ボックスの中にキャサリンからの7文字だけの奇妙なメッセージを見つけます。

 それは、16世紀後半イギリスのジョン・ディーとエドワード・ケリーの日誌に記録されている「天使の言語」と呼ばれるエノク語の文字でした。昨日ラングドンがキャサリンに教えた翻訳アプリで作成されたもののようですが、英文字に置き換えた文字列「LXXEDOC」は意味を成すようなものではありません。


18 サーシャのアパートメント

 ハリスが初めてサーシャに会ったのは2か月前、上司であるハイディ・ネーゲル大使から彼女を監視するようにとの極秘任務によるものでした。ハリスは、サーシャを騙しているという後ろめたさを募らせながら彼女のアパートメントに到着します 。場所の特定はできませんが、旧市街広場の南側のこの一画のどこかでしょう。

Googleマップ

 鍵はかかっておらず、中に入りますが、サーシャもラングドンも見当たりません。玄関に戻ろうと向きを変えたとき、後ろからテーザー銃で撃たれたような衝撃がして倒れます。ゴーレムが現れ、ハリスにヴァイバーテックのスタンガンを押し当てて気絶させます。そして、ポリ袋を頭にかぶせて窒息死させ、大使あての手紙をハリスの遺体の上に残すのでした。

vipertek.comから引用)

 ゴーレムは、最終段階の準備をすませるまでサーシャを閉じ込めておくつもりだと心の中で考えながら、自分の部屋へ向かうのでした。サーシャこそがゴーレムが守護する「彼女」で、ドアの下のメモは、サーシャを騙して監視していたハリスを殺害するのに邪魔となるラングドンを追い払うためにゴーレムが置いたものだったのです。


19 ニュージャージー

 拉致犯の拘束から逃れたフォークマンがひとごこちついたのは、テターボロ空港の数キロ南、ニュージャージー州イーストラザフォードにある、ニューヨーク・ジャイアンツとニューヨーク・ジェッツというアメフトチームの本拠地で、広大な駐車場のただなかに放置された暗い母艦か何かのように思えたというメットライフ・スタジアムでした。オージェとチンバーグというふたりの工作員が通話を傍受していることも知らず、フォークマンは、アレックスに電話をかけます。すると、アレックスは、ハッカーはすごく危険な連中で、フォークマンが担当している作家の一人を殺したかもしれないと告げます。

Googleマップ

 フォークマンは、ジョージ・ワシントン橋に至ります。1931年に開通した全長1450mの吊り橋で、現在は上層に8車線、下層に6車線を有する世界一交通量の多い2層式の自動車専用橋です。フォークマンは、追跡されている可能性が高いと言うアレックスの指示に従い、橋の半ばで携帯電話をハドソン川へ投げ捨てます。

Wikimedia Commons夜の橋

 ハッキング犯がわかったので一刻も早く戻ってきて欲しいというアレックスの言葉を頭に浮かべ、フォークマンは、ランダムハウス・タワーへ急ぎます。キャサリンの仮説は、「非局在型意識」と呼ばれるもので、そのモデルによれば、脳が意識を生み出すのではなく、意識は既に存在し、脳は世界に満ちている意識のクラウドにアクセスする受信機だというものでしたが、原稿を抹消し、人殺しまでするような動機につながるものは全く思い当たらないのでした。


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 今回の投稿での旅はここまでです。ヤナーチェク警部殺害の犯人とされてしまったラングドン、UZSIの追跡をかわしてキャサリンを見つけることはできるでしょうか。一方、拉致犯の手からなんとか逃れたフォークマンですが、新たな展開はあるでしょうか。

 次回は、第1部の続き、第20節からいながら旅を続けます。

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